株式会社 Plus One

【お店紹介】明治から続く歴史を「変化」でつなぐ。鹿島神宮の境内に佇む、湧水茶屋 一休

記事画像
創業ストーリー TOPインタビュー
いいね 00/10)
応援する 応援する 0
閲覧数 閲覧数 0
投稿日: 2026.02.19

茨城県随一のパワースポット、鹿島神宮。その広大な境内の最奥に一軒の茶屋があります。
「湧水茶屋 一休(ひとやすみ)」
明治初期ごろからおよそ160年、この場所で参拝客を迎え続けてきた茶屋は、代が変わるごとにその姿を柔軟に変えてきました。
「守っているのは場所だけ」と語る5代目の久保氏が辿り着いたのは、母から受け継いだ「呼び込み」のスタイルではなく、自ら新潟の豪雪地帯で修行した手打ちそばや、湧き水にこだわり抜いた「商品」で人を呼ぶスタイルでした。
神宮の森という非日常の空間で、1人のお客様を大切にし続ける。そんな想いを学生ライターの鈴木が、株式会社Plus One社長の久保氏にインタビューをさせていただきました。


「代が変われば自由」明治から続く、変幻自在の160年


鈴木:本日はよろしくお願いします!まず最初に、一休さんの歴史から伺いたいのですが、相当長く続けられていますよね? 


久保氏:よろしくお願いします。創業はね、実は正確にはわかっていないんですよ。資料が残っていなくて。ただ、母に聞いた話では、江戸ではなく明治の初めくらい、150年から160年くらい前だと言い伝えられています。最初は参拝客が足を休める休憩所として始まって、甘酒なんかを出していたみたいですね。


鈴木: 160年…!凄まじい歴史ですね。ずっと同じスタイルで続いてきたんですか?


久保氏:いえ、うちは「代を継いだら、その人の自由」っていうのが面白いところでね。もちろん神宮が許可する範囲内ですけど、僕の祖母の代は、完全なお土産物屋でした。僕の母の代になって、だんごやお蕎麦を始めて、今の飲食に近い形になった。そして5代目の僕になってからは、お土産を大幅に縮小して、ほぼ完全に飲食店に振っています 。


鈴木:伝統を守るというよりは、代ごとに形を変えてきたんですね。


久保氏:そうですね。守っているのは、あの「場所」だけなんです。だからテレビや雑誌の取材が来ても、「創業明治」とは書かないでくれってお願いしているんですよ。明治からお蕎麦があったと誤解されちゃうと困りますから。あくまで「あそこの場所で商売を始めたのがその時期」というだけで、中身はコロコロ変わっているんです。


先代からスタイルを変えた理由


鈴木:久保さんの代でお土産中心から「飲食」へ大きく舵を切ったのには、何か理由があったんですか? 


久保氏:実は、僕の母は呼び込みがすごく上手だったんですよ。お客様がスッと店に入ってきてくれる。それで商売が成り立っていた部分があったんです。でも、僕は営業とか呼び込みが苦手で、あんな風にお客様が店に入ってくださるのは無理だと思ったんです(笑)。


鈴木:自分の性格に合わせた戦い方を考えたんですね。


久保氏:はい。親以上のものにしたいというコンプレックスもありましたしね。自分には母の真似はできない。だったら「呼び込みで入ってもらう」んじゃなくて、「あの商品を食べよう」と思って来てもらうしかないと思ったんです。それで、目玉商品として「手打ちそば」を柱にすることにしました。


鈴木:お蕎麦はもともとお好きだったんですか?


久保氏:いや、実はうどん派だったんですよ(笑)。ところが、常連のお客様に「あなた、そば習ってきなさい」って、勝手に新潟の修行先を決められちゃって。断るわけにもいかず、1月から4月まで、めちゃくちゃ雪が積もる新潟の豪雪地帯に住み込みで修行に行きました。


鈴木:強制的なスタートだったんですね(笑)。


久保氏:修行に行くまではそば湯さえ知らなかったレベルですからね。でも、いざ自分で始めると、修行年数なんてお客様には関係ない。プロの土俵に上がったんだってことを痛感しました。30年やった人のそばだろうが、5年の僕のそばだろうが、同じプロとして比べられる。それからは必死に勉強して、地元や東京のお蕎麦屋さんでも修行させていただきました。今はスタッフもしっかり打てるようになっています。


「湧き水」という個性を活かし切る工夫


鈴木:一休さんといえば、お店のすぐ横で湧き出している水も有名ですよね。 


久保氏:蛇口をひねれば湧き水が出てきますからね(笑)。ただ、あの水は実はちょっと使い勝手が難しいんです。日本の水にしては珍しく、ほんのちょっと硬めらしくて、出汁が出にくいんですよ。


鈴木:水によって出汁の出方が変わるんですか?


久保氏:全然違います。だからうちは、普通の蕎麦屋さんの1.3倍から1.5倍くらい鰹節を使います。そうしないと、水に負けて味がボヤけてしまう。コーヒーも、焙煎士さんに3ヶ月毎日水を持って行って、あの水に合うように実験してブレンドしてもらいました。


鈴木:そこまでこだわっているんですね。


久保氏:おだんごのあんこも自分たちで炊きますし、ジンジャーエールや甘酒も一から手作りです。あそこまでわざわざ足を運んでくださるお客様に、「来てよかった」と思える本物を出したい。その一心ですね。


「掃除が一番大事な仕事」神宮の杜を守る責任感


鈴木:お店の運営で、スタッフの方に一番伝えていることは何ですか? 


久保氏:面接の時に必ず言うのは、「一番大事なお仕事は、周りの掃除です」ということです。


鈴木:飲食の仕事なのに、掃除が一番なんですか?


久保氏:うちは鹿島神宮の「境内の中」で商売をさせていただいています。もしお店の周りが汚かったら、お客様は「神宮の、あのお店のあたりは汚いね」って、神宮自体の評価を下げてしまう。それは絶対にやってはいけないことなんです。


鈴木:なるほど。神宮の一部としての責任があるんですね。


久保氏:神宮があるからうちの店がある。入ろうと思っても入れない場所で商売をさせてもらっている感謝を忘れてはいけない。参拝に来たお客様がホッとして、気持ちよく帰っていただけることが第一です。だから、本殿から700メートルもの長い道のりを歩いてきてくれたお客様一人ひとりに、感謝の気持ちを持って接してほしい。それはずっと伝えていますね。


親子でぶつかり、売上を三割下げた苦い経験


鈴木:これまで、お店を経営する中で苦労されたことはありますか? 


久保氏:震災とコロナはやっぱりきつかったですね。震災の時は鳥居が倒れて神宮が立ち入り禁止になりましたし、コロナでも売上には影響がありました。でも、一番の努力…というか大変だったのは、親と一緒にやることの難しさかもしれません。


鈴木:親子だと、やはり意見がぶつかることも?


久保氏:揉めますね(笑)。僕がメニューを変えたのに、僕が休みの日に女将(母)が勝手に元に戻していたりして。一度は「俺のやることをやらせてもらえないなら辞める!」とブチ切れたこともあります。


鈴木:それは激しいですね…。


久保氏:その時に母から言われたのが、「売上が上がるんだったら口を出さない。下がるんだったら口を出す」という条件でした。それからは、どうやったら売上が上がるか必死に考えましたね。でも、観光地の難しさを知ったのもその頃です。自分のやり方でメニュー表を全部変えたら、一気に売上が三割も落ちたんですよ。


鈴木:三割も!何が原因だったんですか?


久保氏:観光地の店って、ドアが全部空いていて、お客様はメニューをちらっと見て気に入らなければすぐ出ていってしまうんです。僕のやり方は当時の観光地のお客様には合わなかった。母のやり方は「ダサい」と思っていたけど、実は理にかなっていたんです。そこから試行錯誤して、今は震災やコロナを乗り越えて、一番いい状態まで成長させることができています。


何億積んでも買えない、非日常の景色の中で働く


鈴木:鹿島神宮の境内の中という特別な環境でお店をやられていると思うのですが、それについて久保さんはどう感じていますか? 


久保氏:昔、修行中に「あんな場所で仕事ができるなんて幸せだ」って言われたことがあるんです。何百年の歴史があるあの景色は、何億積んでも作れない。そこで仕事ができるのは幸せだと思った方がいいぞって。


鈴木:確かに、あの深い森の静けさと池の透明感は特別ですね。


久保氏:車の音もしない、自然の音しかない場所です。気温も本殿のあたりより1度くらい低くて、一歩入った瞬間に空気が変わるのを感じますよ。実際、学者さんが来て「ヘイケボタルとゲンジボタルがどちらも出るのは珍しい」なんて言っていたり、店の裏に咲いた珍しい花を3ヶ月間も観察しに来たりすることがありました。それくらい、ここは特別な環境なんです。


鈴木:そんな特別な場所での営業には、どんな想いをもっていますか?


久保氏:一人一組のお客様をどこまで大事にできるか。お客様が来てくださるのが当たり前と思わず、長い距離を歩いてきてくれたことに感謝できる、そんなお店でありたいと思っています。これからも鹿島神宮という特別な場所を大切に想い、お客様を温かく迎えられるように日々頑張っていきたいです。不便な場所ではありますが、他にはない景色の中で、自分たちの手で価値を作っていく。そんなやりがいやおもしろさがある、素晴らしいお店だと思います。


インタビューを終えて


久保氏のお話を聞いて強く心に残ったのは、鹿島神宮への「感謝」と「責任」でした。インタビューでもあったように、非常に特別な環境下で営業を続けていると思います。その中で様々な苦労もあったと思います。「湧水茶屋 一休」さんは、代によって営業スタイルが変わるという形態ととっていると思うのですが、あの場所(神宮の境内の中)で仕事をするという「感謝」と「責任」だけは代々引き継がれていっているものであると強く感じました。また、別記事にもある「Espresso D Works」と同様に、お客様一人ひとりと真摯に向き合う姿勢も印象的でした。

記事一覧へ