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【導入・活用事例インタビュー 株式会社Plus One】 応募者層が20代から50代へ拡大!会社のファンを増やし、ブランディング資産となるインタビュー記事の活用

茨城県鹿嶋市を中心に、個性豊かな飲食店を複数展開する株式会社Plus One。「一番の求人広告は魅力的な店舗そのもの」と考え、従来の掛け捨て型求人広告に疑問を抱いていた代表の久保さんは、イバキャリの記事掲載を単なる「募集広告」ではなく、「何十年も使える会社の資産(ブランディング)」として位置づけました。 導入後、応募者の年齢層が20代から50代まで一気に広がり、店舗間のつながりを示したことで「この会社で働きたい」という質の高いマッチングを実現したり、HPにイバキャリの記事を掲載したところ、今までほとんどなかったHP経由での応募も出てきました。経営者が最も注力すべき第2領域(緊急ではないが重要な未来の仕事)を形にするツールとして、なぜ記事制作が圧倒的な費用対効果を生み出すのか。イバキャリを活用いただいている株式会社Plus Oneの代表である久保さんに、学生ライターの鈴木がインタビューを行いました。導入前:求人の費用対効果と求職者とのマッチングの悩み鈴木:改めてになりますが、まずは会社名と展開されている事業内容から教えていただけますか?久保氏:株式会社Plus Oneです。茨城県鹿嶋市で飲食店を複数店舗運営しています。鈴木:今回はイバキャリの記事を活用していただいている事例としてお話を伺いたいのですが、導入前、採用活動においてどんな悩みや課題を感じていらっしゃいましたか?久保氏:一番の課題は「費用対効果」ですね。求人広告って、掲載費を払って出したからといって人が来る保証はないじゃないですか。鈴木:そうですね。先行投資のような側面がありますよね。久保氏:応募が来なくても月額の掲載費はしっかり引かれる。しかも12月に辞めて1月から探す人とか、3月の年度末に辞めて4月から探す人とか、ボーナスをもらってから動く人とか、時期によって求職者の動きが全然違う。鈴木:季節変動も大きくて、効果測定が非常にしづらいですよね。久保氏:そう。お金をかけたからといって集まるわけじゃない。「だったら無料の媒体でもいいんじゃないか」ってなる。それに、応募数も大事だけど一番大事なのは「採用できた人数」と「マッチング」。うちのスタンスに合わない人が大量に来ても意味がない。そこが一番どうすればいいんだと悩んでいた部分でした。鈴木:以前は、自社の想いや店舗のストーリーを発信するような取り組みはあまりされていなかったんですか?久保氏:あんまりやっていなかったですね。というより、私はずっと「一番の求人広告は店そのものだ」ってスタッフに言っていたんです。お店に来てくれたお客様が「ここで働きたい」と思ってくれるような魅力的な店を作れば、求人に困らないでしょと思っていました。鈴木:ディズニーランドのキャストを見て「私もここで働きたい」と思うような感覚ですね。久保氏:まさにそれです。スタッフが楽しそうに働いている空気感が一番の求人広告だと思っていたんです。ただ、それだと現場のチーム状態が少しでも落ちたときにダイレクトに影響が出るんです、「普通のお店」に見えるか「魅力的なお店」に見えるかの違いって、スタッフの空気感も含めて非常に小さい違いなんです。導入後:会社への理解度の向上や応募者層の拡大鈴木:イバキャリの記事を公開してみて、応募者の反応や採用の質に変化はありましたか?久保氏:記事を読んで、当社の考え方を分かって共感した上で来てくれる人の割合が明らかに増えましたね。採用率や定着率にも良い影響が出ています。鈴木:事前に深く理解して来てくれるようになったと。久保氏:面白い出来事もありました。記事を読んでお店に行って、「ああ、なるほどな」と納得して応募してくる人がいるんです。この前あったのは、「一休(お店紹介記事:https://ibaraki-career.com/stories/9)」に応募してきた人で、もともと「Espresso D Works(お店紹介記事:https://ibaraki-career.com/stories/4)」に行ったことがあった人がいて、記事を読んだら一休も同じPlus Oneの系列だと知ったらしいんです。鈴木:Espresso D Worksと一休のつながりが、記事を通じて認知されたんですね。久保氏:そう。その人は「Espresso D Worksは若いスタッフが多いから自分には合わないかな」と思っていたんだけど、一休も同じ会社だと知って店舗に行ってみたら、「やっぱり同じ会社の空気感がある、この会社なら働きたい」と思って応募してくれたんです。鈴木:単一店舗のファンから、「Plus Oneという会社全体のファン」になってくれたわけですね。久保氏:ホームページに店舗一覧が並んでいるだけだと、「へえ、ここも同じ会社なんだ」で終わっちゃう。でも記事があることで、お店同士が一貫した考え方でつながっていることが伝わるし、安心感と信用度がまるで違うんです。鈴木:応募される方の属性や年齢層にも変化はありましたか?久保氏:もうね、だいぶバラバラになりました(笑)。もともとはママさんの層が多かったんだけど、今は20代の独身から50代の方まで幅広く来るようになりました。Espresso D Worksなんて、以前は30代後半までで50代の応募なんて年に1人いるかいないかだったのが、普通に応募が来るようになりました。鈴木:年齢の幅が一気に広がった要因は何だったんでしょう?久保氏:記事によってグループ全体の厚みが見えたことで、「若い人たちだけで固まっている会社じゃないんだ」という安心感が生まれたんだと思います。特に上の世代の方ほど、応募前に記事をしっかり読み込んでくれていますね。鈴木:今までになかった事例も出てきているんですよね?久保氏:はい。今までは基本的に求人媒体からの応募が多く、HPを見て応募してきてくれる方は少なかったです。ただ、記事を制作してもらい、HPに掲載してからはHP経由での応募や「HPの記事を見ました」と言ってくれる応募者の方が増えてきましたね。記事制作を依頼してよかったこと:経営者が最もやるべき仕事を、最小の時間で形にする鈴木:記事制作を外部に依頼して良かったと感じる点はありますか?久保氏:文章を自分で書かなくていいこと、そして制作にかかる自分の拘束時間が圧倒的に短いことですね。鈴木:自分で一から文章を書くとなると、膨大な時間がかかりますもんね。久保氏:社長なんて普段は問題解決か未来のことばかり考えているから、過去の歴史や当時の考えを思い出して文章にまとめろと言われても、面倒くさくて後回しにしちゃうんです。私は仕事には4つの領域があると思っています。第1領域:緊急かつ重要(日々のトラブル、判断)第2領域:緊急ではないが重要(未来の戦略、理念の明文化、ブランディング)第3領域:緊急だが重要ではない(日々の雑務)第4領域:緊急でも重要でもない久保氏:経営者が絶対に時間を割かなきゃいけないのは、未来の種まきである「第2領域」であると私は思っています。でも第2領域は緊急性がないから、どうしても後回しになる。イバキャリのインタビューは、対話形式で質問に答えるだけで、私の頭の中にあった過去の歴史や想いを引き出して文字化してくれる。第2領域の重要業務を最小の時間で達成できるのは、経営者にとってものすごく価値が高いと感じています。記事の活用方法:制作した記事を一生使える資産として活用する鈴木:今回、記事1本2.5万円という価格設定で制作させていただきましたが、費用対効果の面はどう捉えていらっしゃいますか?久保氏:これはですね、発注する側の経営者が「どう使うか」のイメージを持っているかどうか次第で、価値が変わると思うんです。鈴木:久保さんはどのようなイメージを持たれているんですか?久保氏:当社の場合は、お店の歩みや歴史、理念という「変わらないもの」を書いてもらいました。これって10年後も20年後もずっと使えるわけです。1本2.5万円だとしたら、10年使えば1年あたり2,500円、月額にしたら約200円になります。鈴木:月額200円でずっと使えるツールになるということですね。久保氏:そうなんです。通常の求人広告は「その月にお金を出して、その月で終わる」「良い人が来てくれることもあるけど、来ないこともある」という単月勝負です。でも今回の記事は、一度仕入れたら価値が目減りしない「資産」と同じであると私は考えています。鈴木:1回の募集で終わらせず、長期で回収していく考え方ですね。久保氏:いつ回収できるかは自社の活用次第だけど、価値が減らないものだから確実に回収できる。社内資料にしてもいいし、名刺やショップカードにQRコードを貼ってもいい。使い道が明確なら、1本10万円でも安いと感じるはずです。だから発注する側も「どうやって長く使い倒すか」を一緒に考えるのが大事ですよね。インタビュー形式のメリット:第三者インタビューだからこそ生まれる読みやすさと信頼鈴木:インタビュー形式の記事が適していた部分はありましたか?久保氏:自社でオフィシャルな文章を書こうとすると、どうしてもきちんとした硬い文章になっちゃうんです。企業として出す以上、適当なことは書けないから重くて深い文章になりがちなんです。鈴木:公式HPのメッセージなどは、どうしても構えてしまいますよね。久保氏:でも、当社への応募者や当社のスタッフはアルバイトがメインです。正直硬い文章なんて誰も読みません。その点、外部のインタビュアーが入ってくれた記事なら、当社からの公式発信じゃないから、いくらでも軽快で読みやすいトーンに崩せる。ふわっとしたニュアンスも、対話形式なら自然に伝えられる。鈴木:読者目線に合わせたトーン調整ができるということですね。久保氏:あと一番大きいのは、第三者目線による信頼感だと思います。現代の人たちって情報リテラシーが高いから、企業が自分でアピールしているPR文は「本当か?」って疑うと思います。実際私も疑うことがあります(笑)。でも、実際に取材した第三者の視点やスタッフの生の声が入っていると、一気に信憑性が増す。お客さんが口コミを参考にするのと全く同じ心理ですよね。今後の展開:新店舗のメイキングや「理念浸透の社内テキスト」としての活用鈴木:今後、イバキャリで取り組んでみたい記事のテーマや活用法はありますか?久保氏:新店舗をつくるとしたら、それができるまでのメイキングや、社員一人ひとりのこれまでの葛藤・やりがいを掘り下げる記事はやってみたいですね。事業を立ち上げる際の一例として残しておけば、10年後に入ってきたスタッフが見ても「こうやって店ができたんだ」と歴史を追体験できる。鈴木:過去の写真アルバムのように、社内にずっと残るフックになりますね。久保氏:そう。スタッフによって響くポイントは違うから、いろいろな角度のエピソードを散りばめておけば、どこか一つに共感して「ここで社員になろうかな」「新しい挑戦をしてみようかな」と思ってくれるかもしれない。鈴木:採用だけでなく、インナーブランディングや理念浸透のツールにもなっていくんですね。久保氏:ちょうど今、当社でもスタッフ全員に配る経営計画書のような冊子を作ろうとしているんだけど、自分で書くのは本当に大変で進まない(笑)。インタビューを通じて経営者の考えを可視化してもらう作業は、理念を社内に浸透させる最高のツールになると思う。最後に:「求人広告」という枠を超えて活用してほしい鈴木:最後に、イバキャリの導入を検討している企業様に向けての言葉も含めて、イバキャリの活用について一言お願いします。久保氏:「求人広告の代わり」という狭い枠だけで考えない方がいい、と私は思います。単なる使い捨ての募集記事として捉えたら、費用対効果は見えにくいかもしれません。でも、自社のブランディング、社内方針の共有、歴史のアーカイブ、名刺やHPとの連動など、使い道はいくらでもあります。鈴木:企業のアイデア次第で、活用の幅は無限に広がりますね。久保氏:「こんな使い方できないか?」というアイデアを、どんどん鈴木くんにぶつけてみるのが一番いいと思います。経営者の頭の中の価値ある想いを、最小の労力で「腐らない資産」に変えてくれる。自社に専任のライターがいない企業にとっては、間違いなく強力な武器になると思います。鈴木: インタビューは以上になります。お忙しいところお時間をいただき、本当にありがとうございました!久保氏: はい、ありがとうございました!インタビューを終えて求人広告の枠を超え、記事を「10年以上使える会社の資産」と捉えて活用している久保さんの視点は、まさに採用とブランディングの本質を突いていると思いました。自社発信では出しにくい生々しい想いや空気感を第三者視点で言語化することで、店舗のファンや店舗への応募を「会社全体のファン」や「会社全体への応募」へと変化させ、年齢層を超えた共感採用を生み出す。イバキャリが目指す「企業の価値を永続的な資産に変える伴走」を体現していた取材だったのではないかと考えます。 

採用現場から TOPインタビュー
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投稿日: 2026.08.28

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【お店紹介】「会社の原点はここにある」―― Plus Oneの経営の根幹を作った、カフェ「foleclo」での苦労と気づき

 茨城県鹿嶋市にあるカフェ「foleclo(フォリクロ)」。 地元で愛されるこの店は、株式会社Plus Oneにとって単なる一店舗ではありません。代表の久保様が挫折を味わい、学び、そして現在の「スタッフ第一主義」という考え方へと至った、まさに株式会社Plus Oneという会社の原点でした。 学生ライターの鈴木がインタビューさせていただきました。「一から店を作りたい」という想いから始まった、未経験の挑戦鈴木:本日はよろしくお願いします。今回はPlus Oneさんの原点である「foleclo」について伺います。そもそも、なぜカフェだったのでしょうか?久保氏:よろしくお願いします。実は、カフェなんてやったことなかったんですよ(笑)。当時は「一休(詳細は別記事)」を継いで数年経った頃で、「一から自分で店を立ち上げてみたい」という強い想いのようなものがありました。そんな時に親戚の税理士事務所が建つことになり、その1階で店をやらないかとお声がけいただいたのが始まりです。鈴木:修業中だったため、一度はお断りされたんですよね。久保氏:はい。でも震災の後にたまたま空きが出たと聞いて、「やります!」と即答しました。何をやるか悩んだ末、「カフェ飯」という言葉が流行り始めた頃だったので、「カフェならパスタも丼ものも何でもありじゃん」という、今思えばかなり安易な発想でカフェに決めました(笑)。鈴木:未経験でのオープン、現場は相当混乱したのではないですか?久保氏:前にその場所でやっていたお店のスタッフの方々を引き継がせてもらったんですが、僕が一番の新人みたいな状態でした。クーラーのスイッチすらどこか分からない状態でした。「僕がオーナーになったけれど、ここは僕の場所ではなくて、この子たちの場所に僕が来たんだな」と痛感しました。だからこそ、まずはスタッフの信頼を得るために、今日は誰にどんな話をしようかと、一人ひとりへの声掛けを緻密に計算して営業に入っていました。けっこう大変でしたよ(笑)。「俺が原因だった」―― 廃業の危機が教えてくれた経営の本質鈴木:オープン当初は順調だったのでしょうか。久保氏:最初の3ヶ月こそ「ご祝儀」みたいな感じで売れましたが、半年後にはもう潰れそうでした。「一休」のやり方が全く通用しなかった。当時は「一休からお金を持ち出すことになったらこの店は辞めよう」と決めていたので、本当に後がありませんでした。鈴木:そんな状況からどうやって立て直したのですか?久保氏:知り合いの社長に誘われて行った勉強会が転機でした。そこで講師をしていた方が僕と同い年で、同い年の彼が100人以上の前ですばらしい講演をしている一方で、自分は店を潰しかけている。その情けなさと悔しさに打ちのめされました。「足りないのはお金じゃなく、自分自身の学びだったんだ」と気づかされたんです。鈴木:経営者としての意識が根本から変わったんですね。久保氏:そうですね。それまでは、お恥ずかしながら「売上至上主義」や「自分がお金持ちになりたい」という考えでした。でも勉強を重ねるうちに、経営の目的が「お金」から「スタッフが楽しく明るく働ける場所を作ること」に変わったんです。僕の商売の原点は一休ですが、会社の原点は間違いなくこのfolecloの苦労時代にあります。「相手だったら」を考える鈴木:その気づきから、教育に力を入れ始めたのですね。久保氏:はい。当時は売上の5%、年間で200万〜300万円くらいを研修費に注ぎ込んでいました。「仕事を通じて人生を豊かにしてほしい」と伝え続け、知識が増えれば選べる人生の選択肢が増えるという話を何度もしました。「仕事」って、例えば出勤の時間や仕事のために早く寝るときなど、実際に仕事をしている以外の時間とかも合わせると、本当に人生の大半の時間を費やしていると思っています。そんな人生の大半の時間を豊かなものにしてほしいと考えています。鈴木:その研修や教育の中で、久保様が最も大切に伝えてきたことは何ですか?久保氏:結局、仕事も人間関係もすべては「自分が相手だったら、どう思うか」という一点に尽きると思うんです。例えば、料理が少し遅れたときに「遅くなってすみません」と一言添える。自分がお客様だったら、その一言があるだけで全然気持ちが違うじゃないですか。それを、スタッフに対しても、お客様に対しても、業者さんに対しても、徹底して想像することを伝え続けました。鈴木:「相手の立場に立つ」というのは簡単そうで、実は一番難しいことですよね。久保氏:そうなんです。「誰かのために」という気持ちだと、「誰々のためにやったのに」という考えになってしまいがちです。だからこそ「自分がどうするか」という独りよがりな基準ではなく、「その人だったらどう感じるか」を考え抜く。このマインドは徐々に組織内にも浸透してきています。鈴木:その成果が、成果が、2021年の店舗移転・一時休業の際に現れたと伺いました。久保氏:建物の契約満了で、一度店を閉めることになった時、コロナ禍も重なり、スタッフに「残るか辞めるか決めてほしい」と一人ずつ面談をしたところ、誰一人辞めなかったんです。正直、半分くらいは辞めてしまうだろうと覚悟していました。これは、「スタッフ第一主義」「スタッフが働きやすい環境づくり」をかかげてきた成果が少なからず出たのではないかと自信になりました。今後の展望について鈴木:現在の新しいフォリクロは、スタッフの方が自ら設計に携わったそうですね。久保氏:2024年に再オープンする際、昔からいるスタッフ2人に任せました。壁の色、床の色、照明、メニュー開発まで。大手では経験できない「自分たちの店を作る」というチャレンジをさせてあげたかった。結果、僕だったら考えもしなかった素敵なソファや照明が並ぶ、素晴らしい店になりました。鈴木:これからのfolecloは、どのような存在になっていくのでしょうか。久保氏:ここを会社の中の「教育の最先端」にしたいと考えています。単に作業ができるだけでなく、「心が伴った仕事」ができる人を育てる場所です。folecloのサービスを経験すれば、どの店に行っても通用する。そんな高いマインドとスキルを持った人を輩出する教育機関にしたいですね。鈴木:「ホールのサービスは料理をより美味しくも、まずくもできる」というお話も印象的でした。久保氏:そうなんです。ホールの仕事は気軽にできちゃうけれど、一流を突き詰めるとすごく難しい。本当のプロフェッショナルとして、どこに出しても恥ずかしくないサービスを提供できる人をここで育て、Plus One全体の質を底上げしていきたいと思っています。インタビューを終えて当然ながら「組織」というものは「人」で構成されています。なので、組織のメンバーたちがどのように働くのか、活動するのかという部分が組織を運営するにあたって非常に重要になってきます。人の考え方や行動を変えることは非常に難しいですし、時間がかかります。とくに、自分の向いている方向に無理やり向かせようとすると、他人を変えることなど不可能に近いと思います。しかし、話を聞く限り代表の久保さんは、本当に「従業員の方々の人生」を思って、教育や研修を行っていました。それは思っているよりも難しいことだと思いますが、そういった部分を妥協せずに行っているからこそ、お店が久保さんの価値観に共感する方々であふれているのではないかと考えました。また、インタビュー時には近くに従業員の方がいたのですが、「久保さんが教育や研修を通してよく言っていること」を尋ねた際に、すぐに答えていらっしゃったことが非常に印象に残っています。久保さんの考えや価値観がしっかりと浸透しているんだなぁと感じました。

創業ストーリー TOPインタビュー
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投稿日: 2026.03.25

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【お店紹介】鹿島神宮の玄関口で「間」をデザインする。ジューススタンド「縁側」が Plus One にもたらす、目に見えない「サポート」という正義。

鹿島神宮の第一駐車場。参拝客が最初に目にし、最後に立ち寄るその場所に、小さなジューススタンド「縁側(えんがわ)」はあります。運営している株式会社Plus One代表の久保氏が抱く「原風景」と、組織を裏側から支える「役割」の形を追いました。イバキャリ学生ライターの鈴木が、インタビューから執筆までを行っております。「縁側」の心地よい空間の再現鈴木:本日はよろしくお願いします!まずは「縁側」というお店が始まった経緯と、その名前に込められた想いを教えてください。 久保 始まったきっかけは、鹿島神宮の駐車場のところにテナントが立つことになって、出店のお声掛けいただいたことでした。もともといっぱいテナントがあった場所を一度全部なくして、新しく作りますというタイミングでお誘いいただいたんです。鈴木:鹿島神宮の「玄関口」という非常に重要な場所での出店ですよね。 久保:そうですね 。店名の「縁側」というのは、僕が子供の頃に見ていた田舎の「家の縁側」がコンセプトになっています。昔の家って、畑仕事から帰ってきた人が、長靴を脱がずにそのまま縁側に腰掛けて、お茶を飲んで一服する...そういう風景があったじゃないですか。家の中というプライベートと、外というパブリック(公の場)の、ちょうど境界線にある「間(ま)」ですよね。鈴木:参拝の前後で、ふと一息つきたいタイミングに重なりますね。 久保:まさにそうです。神宮の奥にある「湧水茶屋一休」(詳細は他の記事をご覧ください)が、ゆっくり座って食事を楽しむ「奥座敷」だとしたら、ここは入り口にある「縁側」。参拝前の高揚感や、参拝後の心地よい疲れを、美味しい飲み物と一緒に整理してもらうための「間」を、いい時間にできたら素敵だなと考えています。展示会で出会った「本気ジュース」のストーリーに共感鈴木:提供されている「本気ジュース」についても伺わせてください。これは最初からこの商品で行こうと決めていたのですか? 久保:最初の出会いは展示会だったんですよ。そこで「本気ジュース」をやっているマス久本店さんというメーカーを見つけて、試飲をしたらおいしいなと思いました。専務さんから説明を聞いたら、すごく良いストーリーがあったんです。鈴木:展示会での出会いから、久保様が直接アプローチされたんですね。 久保:はい。その場で「うちやりたいです」って言いました。本来そこは、自然栽培で数が少ないから、本当に共感してくれる人にだけ売りたいという想いがあって、エントリーシートなどの選考に受からないと取引できないんです。でも、その場で伝えた熱意を気に入ってくださったのか、「久保さんだったら卸します」と、僕はエントリーシートも何も書かずに取引が始まりました。鈴木:まさに久保様の「共感」が道を切り拓いたんですね。 久保:今では実際にスタッフを連れて高知のゆず農家さんまで視察に行かせてもらったり、新作が出る前にサンプルを送っていただいたりと、12、3年という長いお付き合いをさせていただいています。縁側では、商品をテイクアウトで提供しています。テイクアウトは、飲食店と違って日常の空間で飲まれるものだからこそ、湧き水との配合を1cc単位で調整し、一口飲んだ瞬間に「本物だ」と伝わるクオリティを追求しています。売上では計れない「サポート」という役割の価値鈴木:「縁側」はグループ全体の裏方作業も担っているというお話がありましたが。 久保:はい。実は「縁側」はグループの中で売上規模としては一番低いんです。でも、社内の位置づけとしては「サポート」という大きな役割を担っています。例えば「湧水茶屋一休」のあんこを作ったり、そばを打ったり、「Espresso D Works」(詳細は他の記事をご覧ください)のパスタソースを仕込んだり、ドリンクカップに貼るシール貼りの内職をしたり...他店のサポートを縁側でいろいろやっているんです。鈴木:他店の大変な「裏方作業」をすべて引き受けているんですね。 久保:これ、組織をつくっていく上で凄く大事だと思っていて、飲食業界ってどうしても「売上が高い店舗が偉い」という空気になりがちですが、売上の低い「縁側」が他店を笑顔で助けている姿を見せることで、社内に「感謝のループ」や「助け合う文化」が生まれるんです。鈴木:組織全体の文化をこのお店が支えているんですね。 久保:そうですね。自分の利益より先に、相手を助けるという「見えない部分」を大事にしたい。働いている人たちが一番気にしているのは、社風や人間関係といった「見えない部分」ですから。その発信源として、縁側は大きな役割を担っているんです。「人」の尊さを守りながら、仕組みへとつないでいく鈴木:今、縁側を担当されているスタッフの方も、非常に前向きに仕事に取り組まれているようですね。 久保:彼女は本当にスペシャルですね。仕事へのエネルギーは人一倍あり、他人や他店のサポートを楽しんでできるような人です。他店の仕込みも「大変そうだから私にちょうだい」と自らもらってきたり、僕がまだ許可していないのに自分でそば打ちを練習してしまったり(笑)。そんな彼女のキャラクターがあるからこそ、今の「サポートの文化」ができています。鈴木:今後の課題としては、どのようなことをお考えですか。 久保:今は彼女という特定の個人に頼っている部分が大きいですが、今後はチームや「仕組み」で同じことができるように変えていかなければならないと思っています。属人性から脱却して仕組み化することは、いい文化を長く続けるためのうちの課題ですね。これからも鹿島の玄関口で、この「間」と「想い」を大切に守り続けていきたいです。インタビューを終えて株式会社Plus Onの中で、「縁側」というお店がどれほど大きな存在であるかを認識するインタビューになりました。組織には様々な役割があり、様々な価値の出し方があります。そのときに重要なのが、数字などの目に見えている価値だけでなく、まだ目に見えていないような無形の価値にも目を向けることだと思います。とある有名な評価ツールでは、評価の視点として「財務の視点」「顧客の視点」「社内業務プロセスの視点」「学習と成長(組織)の視点」の4つの視点があると言われています。詳細は長くなるため、ここでは書きませんが、このように評価や価値の出し方を様々な視点で多角的に見ていくことで、今回のようなお店の価値だけでなく、組織を構成している人それぞれの価値や重要性を見出すことができるのではないでしょうか。

創業ストーリー TOPインタビュー
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投稿日: 2026.03.16

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【お店紹介】明治から続く歴史を「変化」でつなぐ。鹿島神宮の境内に佇む、湧水茶屋 一休

茨城県随一のパワースポット、鹿島神宮。その広大な境内の最奥に一軒の茶屋があります。「湧水茶屋 一休(ひとやすみ)」明治初期ごろからおよそ160年、この場所で参拝客を迎え続けてきた茶屋は、代が変わるごとにその姿を柔軟に変えてきました。「守っているのは場所だけ」と語る5代目の久保氏が辿り着いたのは、母から受け継いだ「呼び込み」のスタイルではなく、自ら新潟の豪雪地帯で修行した手打ちそばや、湧き水にこだわり抜いた「商品」で人を呼ぶスタイルでした。神宮の森という非日常の空間で、1人のお客様を大切にし続ける。そんな想いを学生ライターの鈴木が、株式会社Plus One社長の久保氏にインタビューをさせていただきました。「代が変われば自由」明治から続く、変幻自在の160年鈴木:本日はよろしくお願いします!まず最初に、一休さんの歴史から伺いたいのですが、相当長く続けられていますよね? 久保氏:よろしくお願いします。創業はね、実は正確にはわかっていないんですよ。資料が残っていなくて。ただ、母に聞いた話では、江戸ではなく明治の初めくらい、150年から160年くらい前だと言い伝えられています。最初は参拝客が足を休める休憩所として始まって、甘酒なんかを出していたみたいですね。鈴木: 160年…!凄まじい歴史ですね。ずっと同じスタイルで続いてきたんですか?久保氏:いえ、うちは「代を継いだら、その人の自由」っていうのが面白いところでね。もちろん神宮が許可する範囲内ですけど、祖母の代は、完全なお土産物屋でした。母の代になって、だんごやお蕎麦を始めて、今の飲食に近い形になった。そして5代目の僕になってからは、お土産を大幅に縮小して、ほぼ完全に飲食店に振っています 。鈴木:伝統を守るというよりは、代ごとに形を変えてきたんですね。久保氏:そうですね。守っているのは、あの「場所」だけなんです。だからテレビや雑誌の取材が来ても、「創業明治」とは書かないでくれってお願いしているんですよ。明治からお蕎麦があったと誤解されちゃうと困りますから。あくまで「あそこの場所で商売を始めたのがその時期」というだけで、中身はコロコロ変わっているんです。先代からスタイルを変えた理由鈴木:久保さんの代でお土産中心から「飲食」へ大きく舵を切ったのには、何か理由があったんですか? 久保氏:実は、僕の母は呼び込みがすごく上手だったんですよ。お客様がスッと店に入ってきてくれる。それで商売が成り立っていた部分があったんです。でも、僕は営業とか呼び込みが苦手で、あんな風にお客様が店に入ってくださるのは無理だと思ったんです(笑)。鈴木:自分の性格に合わせた戦い方を考えたんですね。久保氏:はい。親以上のものにしたいというコンプレックスもありましたしね。自分には母の真似はできない。だったら「呼び込みで入ってもらう」んじゃなくて、「あの商品を食べよう」と思って来てもらうしかないと思ったんです。それで、目玉商品として「手打ちそば」を柱にすることにしました。鈴木:お蕎麦はもともとお好きだったんですか?久保氏:いや、実はうどん派だったんですよ(笑)。ところが、常連のお客様に「あなた、そば習ってきなさい」って、勝手に新潟の修行先を決められちゃって。断るわけにもいかず、めちゃくちゃ雪が積もる新潟の豪雪地帯に住み込みで修行に行きました。鈴木:強制的なスタートだったんですね(笑)。久保氏:修行に行くまではそば湯さえ知らなかったレベルですからね。でも、いざ自分で始めると、修行年数なんてお客様には関係ない。プロの土俵に上がったんだってことを痛感しました。30年やった人のそばだろうが、5年の僕のそばだろうが、同じプロとして比べられる。それからは必死に勉強して、地元や東京のお蕎麦屋さんでも修行させていただきました。今はスタッフもしっかり打てるようになっています。「湧き水」という個性を活かし切る工夫鈴木:一休さんといえば、お店のすぐ横で湧き出している水も有名ですよね。 久保氏:蛇口をひねれば湧き水が出てきますからね(笑)。ただ、あの水は実はちょっと使い勝手が難しいんです。日本の水にしては珍しく、ほんのちょっと硬めらしくて、出汁が出にくいんですよ。鈴木:水によって出汁の出方が変わるんですか?久保氏:全然違います。だからうちは、普通の蕎麦屋さんの1.3倍から1.5倍くらい鰹節を使います。そうしないと、水に負けて味がボヤけてしまう。コーヒーも、焙煎士さんに3ヶ月毎日水を持って行って、あの水に合うように実験してブレンドしてもらいました。鈴木:そこまでこだわっているんですね。久保氏:おだんごのあんこも自分たちで炊きますし、ジンジャーエールや甘酒も一から手作りです。あそこまでわざわざ足を運んでくださるお客様に、「来てよかった」と思える本物を出したい。その一心ですね。「掃除が一番大事な仕事」神宮の杜を守る責任感鈴木:お店の運営で、スタッフの方に一番伝えていることは何ですか? 久保氏:面接の時に必ず言うのは、「一番大事なお仕事は、周りの掃除です」ということです。鈴木:飲食の仕事なのに、掃除が一番なんですか?久保氏:うちは鹿島神宮の「境内の中」で商売をさせていただいています。もしお店の周りが汚かったら、お客様は「神宮の、あのお店のあたりは汚いね」って、神宮自体の評価を下げてしまう。それは絶対にやってはいけないことなんです。鈴木:なるほど。神宮の一部としての責任があるんですね。久保氏:神宮があるからうちの店がある。入ろうと思っても入れない場所で商売をさせてもらっている感謝を忘れてはいけない。参拝に来たお客様がホッとして、気持ちよく帰っていただけることが第一です。だから、本殿から700メートルもの長い道のりを歩いてきてくれたお客様一人ひとりに、感謝の気持ちを持って接してほしい。それはずっと伝えていますね。親子でぶつかり、売上を三割下げた苦い経験鈴木:これまで、お店を経営する中で苦労されたことはありますか? 久保氏:震災とコロナはやっぱりきつかったですね。震災の時は鳥居が倒れて神宮が立ち入り禁止になりましたし、コロナでも売上には影響がありました。でも、一番の努力…というか大変だったのは、親と一緒にやることの難しさかもしれません。鈴木:親子だと、やはり意見がぶつかることも?久保氏:揉めますね(笑)。僕がメニューを変えたのに、僕が休みの日に女将(母)が勝手に元に戻していたりして。一度は「俺のやることをやらせてもらえないなら辞める!」とブチ切れたこともあります。鈴木:それは激しいですね…。久保氏:その時に母から言われたのが、「売上が上がるんだったら口を出さない。下がるんだったら口を出す」という条件でした。それからは、どうやったら売上が上がるか必死に考えましたね。でも、観光地の難しさを知ったのもその頃です。自分のやり方でメニュー表を全部変えたら、一気に売上が三割も落ちたんですよ。鈴木:三割も!何が原因だったんですか?久保氏:観光地の店って、ドアが全部空いていて、お客様はメニューをちらっと見て気に入らなければすぐ出ていってしまうんです。僕のやり方は当時の観光地のお客様には合わなかった。母のやり方は「ダサい」と思っていたけど、実は理にかなっていたんです。そこから試行錯誤して、今は震災やコロナを乗り越えて、一番いい状態まで成長させることができています。何億積んでも買えない、非日常の景色の中で働く鈴木:鹿島神宮の境内の中という特別な環境でお店をやられていると思うのですが、それについて久保さんはどう感じていますか? 久保氏:昔、修行中に「あんな場所で仕事ができるなんて幸せだ」って言われたことがあるんです。何百年の歴史があるあの景色は、何億積んでも作れない。そこで仕事ができるのは幸せだと思った方がいいぞって。鈴木:確かに、あの深い森の静けさと池の透明感は特別ですね。久保氏:車の音もしない、自然の音しかない場所です。気温も本殿のあたりより1度くらい低くて、一歩入った瞬間に空気が変わるのを感じますよ。実際、学者さんが来て「ヘイケボタルとゲンジボタルがどちらも出るのは珍しい」なんて言っていたり、店の裏に咲いた珍しい花を3ヶ月間も観察しに来たりすることがありました。それくらい、ここは特別な環境なんです。鈴木:そんな特別な場所での営業には、どんな想いをもっていますか?久保氏:一人一組のお客様をどこまで大事にできるか。お客様が来てくださるのが当たり前と思わず、長い距離を歩いてきてくれたことに感謝できる、そんなお店でありたいと思っています。これからも鹿島神宮という特別な場所を大切に想い、お客様を温かく迎えられるように日々頑張っていきたいです。不便な場所ではありますが、他にはない景色の中で、自分たちの手で価値を作っていく。そんなやりがいやおもしろさがある、素晴らしいお店だと思います。インタビューを終えて久保氏のお話を聞いて強く心に残ったのは、鹿島神宮への「感謝」と「責任」でした。インタビューでもあったように、非常に特別な環境下で営業を続けていると思います。その中で様々な苦労もあったと思います。「湧水茶屋 一休」さんは、代によって営業スタイルが変わるという形態ととっていると思うのですが、あの場所(神宮の境内の中)で仕事をするという「感謝」と「責任」だけは代々引き継がれていっているものであると強く感じました。また、別記事にもある「Espresso D Works」と同様に、お客様一人ひとりと真摯に向き合う姿勢も印象的でした。

創業ストーリー TOPインタビュー
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投稿日: 2026.02.19

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【お店紹介】 鹿嶋に“非日常”を。都内で人気の「Espresso D Works」が鹿嶋に上陸 コロナ禍でのオープン秘話と、全員で支え合う“助け合い”の日常

茨城県鹿嶋市のスタイリッシュなベーカリーカフェ「Espresso D Works(エスプレッソ ディー ワークス)」。都内で圧倒的な人気を誇るブランドのフランチャイズ1号店として知られるこの店には、オープンまでの知られざる苦労と、社長が守り抜きたかった「ある想い」がありました。学生ライターの鈴木が、株式会社Plus One社長の久保氏にインタビューをさせていただきました。10年来の片思い。一週間で決めた「運命の物件」鈴木:まずは、この場所に「Espresso D Works(以下、EDW)」をオープンさせた経緯から教えてください。久保氏:実はあそこの場所は、10年以上前から「いつかここで何かやりたい」と狙っていた場所だったんです。スタッフにもずっと言い続けていました。そうしたら2020年の年明けに、偶然空きが出ました。いろいろな人から「あそこ空いたよ!」と電話がかかってきて、もう一週間で契約を決めました。鈴木:10年越しの想いが形になったんですね。でも、最初からEDWをやると決めていたわけではないとか?久保氏:そうなんです。物件は押さえたものの、何をやるか決まっていなかったです(笑)。ただ、都内のEDWにはお客さんとして何度も通っていて、「こんなカフェが鹿嶋にあったらいいな」という憧れはありました。そんな時、共通の知人の縁で本部の社長さんと繋がったんです。鈴木:当時、EDWはフランチャイズ展開をしていませんでしたよね。久保氏:はい。「プロデュースしてほしい」とお願いしに行ったら、「やっていないんです」と断られまして。でも、話しているうちに「それならEDWのフランチャイズになっちゃいますね」という話になり、なんと1号店としてやらせていただけることになりました。まさに運命的な巡り合わせでした。コロナ禍の決断と覚悟鈴木:順風満帆に見えますが、オープン直前はまさにコロナ禍の真っ只中でした。久保氏:2020年4月、緊急事態宣言が出て、うちの全店舗を休業にしました。給料は100%保証して全員休ませましたが、毎月数百万円単位でお金が消えていく。そんな中でEDWへの莫大な投資を判断しなければなりませんでした。鈴木:冷静に考えれば、撤退という選択肢もあったはずです。久保氏:悩みました。でも、当時閉めることが決まっていた別店舗のスタッフたちの顔が浮かんだんです。EDWをやらないとなれば、スタッフたちの働く場所がなくなってしまう。「人を大事にする」と言い続けてきたのに、ここでスタッフたちを路頭に迷わせたら、自分の中の大事な何かを失ってしまう気がしたんです。「もし失敗しても、俺が自己破産すればいいだけだ。死ぬわけじゃない」 、そう腹をくくって、ゴールデンウィーク明けに「やります」と返事をしました。最後は、みんなで一緒に進んでから倒れよう、という一発勝負でしたね 。鹿嶋に「都内」という非日常を鈴木:そうした覚悟を経て2021年1月にオープン。EDWのコンセプトを教えてください。久保氏:コンセプトは「美味しい料理とドリンクを提供するハイクオリティなカフェ」です。一番の強みは、都内のおしゃれな空間とクオリティがそのまま鹿嶋にあるということ。パンも一から手作りしています。鈴木: お客様からはどんな反響がありますか?久保氏: 「鹿嶋っぽくない」「都内に来たみたい」と言っていただけるのが一番嬉しいですね。大学生の子が土日に「ちょっといい時間を過ごしたい」と来てくれたり、非日常を楽しんでもらえる場所。気持ちが上がる空間を提供できている自負はあります。「お大事に」が飛び交う、優しさが循環する職場鈴木:働く環境についても伺いたいのですが、EDWにはどんなカルチャーがありますか?久保氏:今は組織の土台を作り直している過渡期ではありますが、根底にあるのは「助け合い」です。うちは女性やママさんも多いので、お子さんの急な熱などで休みが必要になることは日常茶飯事です。鈴木:飲食店だと、急な休みは肩身が狭いイメージもありますが...。久保氏:うちは違います。社内SNSで「代わりに出るよ!」「お大事にね」という言葉が自然に飛び交います。二週間誰も休まないなんてことはほぼないですから(笑)。お互い様というスタンスが浸透しているのは自慢ですね。鈴木:それは安心ですね!未経験からでも挑戦できるのでしょうか?久保氏:もちろんです!むしろ今のスタッフも未経験ばかりでした。オンライン研修や店長会議への参加などの、本部の手厚い教育プログラムが整っているので、働きながら自然とスキルアップできます 。求めるのは、スキルよりも「楽しくしようとする心」鈴木:最後に、これから一緒に働く未来の仲間へメッセージをお願いします。久保氏:「明るく前向き」...。言葉にすると無難ですが、これが一番大切です。仕事が楽しいかどうかは、環境が3割、自分が7割だと思っています。「楽しい場所に行きたい」というよりは、「自分で楽しくしよう」と思える方と一緒に働きたいですね。鈴木:少し「ハードルが高い」と感じている求職者の方もいるようですが。久保氏:全然そんなことないですよ!「おしゃれなカフェで働いてみたい」「誰かを笑顔にするのが好き」という純粋な憧れで十分です。気軽に応募して、まずは一度お話しできれば嬉しいです。インタビューを終えてインタビューを通じて感じたのは、久保社長の「場」と「人」に対する異常なまでの誠実さです。「イバキャリ」としても、こうした想いのある企業を一人でも多くの若者に届けていきたいと強く思いました。

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投稿日: 2026.01.15