海老根建設株式会社
【社長インタビュー】 100年の伝統と改革の歴史、地域と社員の幸せを最優先に掲げる海老根建設の真価
茨城県大子町という、美しい自然に囲まれた町で、大正5年の創業から100年以上にわたりインフラを支え続けてきた海老根建設株式会社。社長の柳瀬香織氏が行っている、業界の常識を鮮やかに塗り替える「働きやすさ」への挑戦や地域貢献に対する想いに迫りました。学生ライターの鈴木が、海老根建設株式会社社長の柳瀬氏にインタビューをさせていただきました。地域の「当たり前」を支える”インフラドクター”の誇り鈴木:本日はよろしくお願いいたします。まず伺いたいのが、海老根建設様が大子町という地域で果たされている役割についてです。ホームページなどを拝見しても、非常に地域への想いが強いと感じました。柳瀬氏:私たちの拠点である大子町は非常に過疎化が進んでおり、田舎だからこそ車がないと生活が成り立ちません。道路が常に綺麗で安全であることは、住民の皆様が生活を送る上で必要不可欠な要素です。私たちは「地域ナンバーワンのインフラドクター」になろう、という志で事業に取り組んでいます。鈴木:「インフラドクター」という言葉、とても素敵ですね。具体的にはどのような事業をされているのでしょうか?柳瀬氏:メインは土木工事ですが、最大の特徴は「法面工事」を手がけている点です。これは山の斜面が崩れないように成形してコンクリートを吹き付ける専門技術で、茨城県内でも対応できる会社はわずか3社しかありません。鈴木:県内でたったの3社!それは凄い強みですね。柳瀬氏:さらに強みなのは、土木工事と法面工事の両方を自社で行えることです。他社さんだと法面工事専門ということが多いのですが、私たちは最初の「山を削る作業」から仕上げまで、一気通貫で対応できます。だからこそ、「海老根さんなら全部任せられる」と頼っていただける。その信頼が私たちの誇りです。自社も被災しながら真っ先に地域へ。100年続く「共生」のDNA鈴木:地域との繋がりという点では、2019年の台風被害の際のエピソードが非常に印象的でした。柳瀬氏:2019年の台風では、私たちの本社も浸水する被害を受けました。電話もファックスも車も使えなくなるという絶望的な状況でしたが、私たちは真っ先に近隣の個人宅へ片付けのボランティアに向かいました。鈴木:自社が被災している中で、なぜそこまで他者のために動けたのでしょうか?柳瀬氏:周りはお年寄りの方々ばかりですから、自分たちで重いものを運んだり片付けたりすることは難しいと思います。自分たちを「地域の守り手」だと定義しているからこそ、有事の際に地域のために動くのは、海老根建設として当たり前の判断でした。100年続いてきたのは、地域の方々と共に生きてきたから。経営理念である「貢献・共生」が、理屈ではなく行動として社員の中に染み付いていると思います。業界の常識を覆した月給制への転換鈴木:制度面についても伺わせてください。建設業界、特に現場で働く技能者の方は「日給制」が一般的というイメージがありますが、海老根建設様は違うとお聞きしました。柳瀬氏:はい。私たちは技能職も含めた全員を「完全月給制」にしています。これは6〜7年前に私が決断して切り替えたものです。鈴木:業界の慣習を変えるのは大変だったのではないですか?切り替えた理由を教えてください。柳瀬氏:日給制だと、雨で現場が休みになればその日の給料はゼロになります。梅雨の時期などは収入がガクンと減ってしまう 。それでは社員が安心して生活できませんし、若い人も入ってきません。 「週休二日制をやるなら、まず月給制にしないと休めない」と考えたんです。今では雨の日でも給料は変わりませんし、技能者であっても有給休暇をバンバン使って休める環境が整っています。社員の「困りごと」を即座にルール化する、手厚い有給制度鈴木:有給休暇についても、「子ども休暇」や「ウェルネス休暇」など、名前からして温かい制度がたくさんありますね。柳瀬氏:これらはすべて、問題が起きてから「どう解決するか」を話し合ってルール化したものです。 例えば、以前男性社員から「子どもの送り迎えが必要だけど、ルールがないと上司に『また抜けるのか』と言われてしまう」という声がありました。そこで「時間単位の有給取得」を始め、さらにお子さん1人につき年5日間の有給を付与する「子ども休暇」を導入しました。鈴木:社員の方々を第一に考え、意見を反映させた結果、このような多種多様な制度が出来上がったのですね。柳瀬氏:ほかにも、ボランティア休暇やドナー休暇、多目的休暇などがあります。また、建設業にしては珍しいのですが、リモートワークも導入しています。他の地域で副業をやっていたり、体調を崩してから運転に不安があった社員などがリモートワークを活用しています。 「せっかく入った人に辞めてほしくない」という一心で、どうすればこの人が働き続けられるかを突き詰めた結果、今の形になりました。スキルよりも「好奇心」。ミスマッチを防ぐための徹底した本音主義鈴木:採用についても伺わせてください。これだけ手厚い制度を整えられている海老根建設様ですが、採用活動において柳瀬社長が最も大切にされているポイントは何でしょうか。柳瀬氏:私は、「正直に伝えること」が何より大事だと思っています。採用の場ではどうしても会社を良く見せようとして「良いこと」ばかりを言いがちですが、入ってみて「思っていたのと違う」となってしまうのは、お互いにとって一番の不幸、ミスマッチですから。だからこそ、本当のことを本音で伝えるようにしています。鈴木:飾らない本音での対話を重視されているのですね。具体的に、どのような方と一緒に働きたいとお考えですか?柳瀬氏:よく「コミュニケーション能力が必要だ」と言われますが、それは相手によって発揮できる場合もあれば、できない場合もありますよね。だから私は、能力よりも「好奇心」が旺盛な方に来ていただきたいと思っています。鈴木:好奇心、ですか。柳瀬氏:はい。「知らないことを知りたい」という力です。分からないことがあった時に、素直に先輩に聞けるかどうか。その好奇心の強さが、そのまま成長の速度に繋がると最近特に感じています。鈴木:現場では、どのような個性が集まっているのでしょうか。柳瀬氏:私たちの会社の、 事務や経理、人事を担当する建設ディレクター課のメンバーは、非常に細かなことに気づく几帳面な方が多いですね 。一方で、現場を仕切る技術者は、どちらかというと大雑把で豪快なタイプが多いです(笑)。鈴木:対照的なタイプですね。柳瀬氏:ですが、その「細かさ」と「大まかさ」が組み合わさることで、一方が抜けているところをもう一方が補完し合えるんです。その調和・バランスこそが、海老根建設という組織を強くしているのだと感じます。鈴木:「人の不足」という業界全体の課題についてはどうお考えですか?柳瀬氏:深刻な課題ですね。実際、人がいないために仕事を断らざるを得ないこともあり、非常にもったいないと感じています。会社としては、外国人人材の方に注目していて、現在は2名の技能実習生が活躍してくれていますが、彼らは3年で帰国してしまいます。一生懸命教えても3年でいなくなってしまうことは、教える側のモチベーション維持という面でも難しい部分がありました。鈴木:だからこそ、新しい形での採用を模索されているのですね。柳瀬氏:はい。今後は技能実習という枠組みだけでなく、より長期的に共に働ける外国人の方の雇用を積極的に進めていく方針です。人手不足という課題を解決するには、海外の方の力に頼ることは不可欠であり、会社としてその道を切り拓いていこうと考えています。中小企業だからこそ、社外に「同期」を作る鈴木:人材育成の面でも、非常にユニークな取り組みをされていますよね。特に「外の空気」に触れさせることを重視されているとか。柳瀬氏:中小企業だとどうしても同期が少なくて、社内だけで育つと視野が狭くなってしまうのが心配なんです。だから新入社員には、1年間月に1回、必ず社外の同期の人たちと会う機会を作っています。鈴木:あえて外に仲間を作らせるのですね。柳瀬氏:技術だけ持っていればいいという時代ではありません。外の人と会い、自分の考えを伝えたりグループワークをしたりすることで、社会人としての「対話力」や「プレゼン能力」を磨いてほしいんです。 現場のトップに立つようなベテラン社員にも、あえてそのような研修の場へ行ってもらっています。「人と喋りたくない」なんて言いながら行ってますけどね(笑)。ただ、それが結果的に本人の、そして会社の成長に繋がると信じています。インタビューを終えてインタビューを通じて感じたのは、海老根建設という組織の「しなやかな強さ」です。「インフラドクター」としての確かな技術という伝統を守りながら、柳瀬社長は「社員が困っている」という事実に対して、驚くべきスピードで制度を取り入れ、組織を変化させ続けています。 この変化スピードこそが、海老根建設さんが長きにわたって事業を展開し続けられている理由なのかもしれません。
海老根建設株式会社
【社長インタビュー】 アパレル出身の女性社長が築いた「誰一人見捨てない」組織。座右の銘「すぐやる」に込められた、次世代へ繋ぐ覚悟
男社会の象徴とも言える建設業界で、長年にわたり社長として舵を取り続けてきた海老根建設株式会社社長の柳瀬香織氏。アパレル業界からスタートしたキャリアを持つ柳瀬氏は、なぜ未知の領域で圧倒的なリーダーシップを発揮できたのか。そこには、過去の失敗から学んだ「即断即決」の哲学と、業界の未来を見据えた独自の視点がありました。自身も「後継ぎ」という立場に立つ学生ライターの鈴木が、インタビューをさせていただきました。「いずれ継ぐしかない」――半ば“諦め”から始まった、異業種への転身鈴木:今回のインタビューでは、柳瀬社長ご自身の歩みに焦点を当てたいと思います。社長は最初から家業を継ぐつもりでいらしたのでしょうか。柳瀬氏:いえ、全然(笑)。最初は全く関係のないアパレルの会社に勤めていたんです 。でも、あるとき親から「戻ってきてほしい」と言われて戻ってきました。私は三人姉妹の長女で、下に男兄弟はいませんでした。だから、いずれ私が継ぐしかないんだろうなという、当時は半ば「諦め」に近い気持ちでしたね。鈴木:当時の建設業界といえば、今以上に「男社会」のイメージが強かったと思うのですが、苦労されたご経験はありますか?柳瀬氏: はい。当時は女性が現場にいること自体が本当に珍しい時代でした。言うことを聞いてもらえなかったり、理不尽な思いをしたりすることもありました。でも、私は現場のことも何も分からず、ただ机に座って書類を作っているだけの人間が社長になるのは、どうしても納得がいかなかったです。鈴木:それで、あえて現場に飛び込まれたのですね。そのご経験を今はどのようにとらえていらっしゃいますか?柳瀬氏:そこで働いている人たちが「何に悩み、何に嫌な思いをしているのか」を肌で知ることができたのは、大きな財産です。あのときの経験があるからこそ、現場で働く皆さんの気持ちが分かり、今の「人を大切にする制度」につながっているのだと確信しています。建設業界の女性を「特別な存在」から、「当たり前のパートナー」へ鈴木:柳瀬社長は建設業界の女性活躍に対して積極的であるそうですが、建設業界の女性活躍についてどのような想いを持たれているのですか?柳瀬氏:今の建設業界における女性は、まだ「動物園のパンダ」のように珍しく、どこか遠い特別な存在として扱われがちです。ですが私は、建設現場で働く女性が、まるで家で家族と共に過ごす犬や猫のように、誰もが「当たり前のパートナー」として受け入れられるように変えていきたいと考えています。鈴木:「当たり前」にするために、まずはその第一歩を支える環境作りをされているそうですね。柳瀬氏:はい。一人ひとりが孤独に頑張るのではなく、手を取り合える場所が必要だと思い、茨城県建設業協会の女性部会「建女ひばり会」を立ち上げ、代表に就任しました。この会では、県内の女性技術者や事務方が集まり、現場見学会や勉強会、意見交換を行っています。まずは「自分だけじゃないんだ」という安心感や横の繋がりを作る。そうして女性が活躍するロールモデルを一つずつ増やしていくことで、いつの日か女性が建設業を「特別な決意」が必要な仕事ではなく、自分の可能性を当たり前に試せる場所として選べる未来を創りたい。そんな「当たり前」を実現していきたいと考えています。「ワンチーム」で挑む現場。仲良しな職場の根底にあるもの鈴木:少し話がそれますが、職場に関して制度が整っているだけでなく、社内の雰囲気も非常に良いと伺いました。柳瀬氏:そうですね、意外と和やかな感じだと思います。先輩たちが「お兄ちゃん」のように後輩に接していたり、仕事に関係ないプライベートな相談に乗っていたりすることもありますね。もちろん、今の若い方は適度な距離感を望む人もいるので、そこは人それぞれの付き合い方を尊重しています。鈴木:建設業は危険も伴う仕事ですが、その仲の良さは現場にどう影響していますか?柳瀬氏:建設現場は「ワンチーム」なんです。不安全な行動は自分の命、仲間の命に関わります。だからこそ、安全を守るためにも仲間を大事にする、コミュニケーションを取るということが何より重要になります。お互いを思いやり、全員で良い方向に進むという意識が、現場の安全と品質を支えているんです 。わずか数日の遅れが命取りになる。一人の離職から学んだ「すぐやる」哲学鈴木:柳瀬社長が経営において最も大切にされていることは何でしょうか。柳瀬氏:「頼まれたら断らない、誘われたら断らない」、そして何より「すぐやる」ことです。実は、この「すぐやる」という姿勢には、私の経営者人生において決して忘れられない苦い経験が背景にあります。鈴木:ぜひ、その原点となったお話を聞かせてください。柳瀬氏:昔、ある現場で作業員がトラブルで怪我をしてしまい、お互いの主張が食い違って感情的な対立が生まれたことがありました。私は本人の家に行って直接話を聞くべきだと思っていましたが、当時はあまりに忙しく、訪問を後回しにしてしまいました。鈴木:そのわずかな遅れが、大きな結果を招いたのですね。柳瀬氏:はい。訪問した時には既に彼の心は離れてしまっており、結果として彼は会社を辞めてしまいました。一日、二日の遅れが、信頼関係を修復不能にしてしまったんです。人の感情が絡む問題は、時間が経つほど複雑になります。 「あのときすぐに行っていれば」。その時の悔しさが、今の私の鉄則になりました。どんなに忙しくても、問題が起きたらその瞬間に向き合う。絶対に先送りにしない。それが経営者としての私の責任です。デジタル技術で「かっこいい建設業」へ。ITの力が若者の可能性を広げる鈴木:これからの海老根建設を担う若手の方々には、どのような期待を寄せていますか?柳瀬氏:建設業は今、大きな変革期にあります。測量のデジタル化やICT技術をどこよりも早く取り入れ、圧倒的な生産性を実現する「ITに特化した建設業」を目指しています。そのためには、ITの知識や新しいものへの好奇心を持つ若い力が必要不可欠です。鈴木: 「建設ディレクター」という職種の方も専門的に活躍されているそうですね。柳瀬氏:はい。データ作成などを通じて現場を強力にバックアップしています。現場の大雑把なところを建設ディレクターが細かくフォローする、その調和が今のうちの強みです。 ITの活用は、単なる効率化ではありません。重労働や危険を減らし、建設業を若者が「面白い」「かっこいい」と思えるクリエイティブな仕事に変えていく力だと信じています。100年の先へ。次世代へつなぐ「継承」の新しい形鈴木:会社の「継承」についても、非常に柔軟な考えをお持ちですよね。柳瀬氏:はい。私には娘がいますが、彼女は全く別の道で頑張っています。私は、無理に親の跡を継がせる必要はないと考えています。それよりも、今会社の中で頑張ってくれている、経営の資質がある人を役員に抜擢し、次の世代へバトンをつないでいくことが重要だと思います。鈴木:血縁にこだわらず、意志を継ぐ人を育てるのですね。柳瀬氏:100年以上続いてきたこの会社と、ここで働く社員を守り抜くこと。それが、私の最後の大きな仕事だと思っています。形を変えながらも、海老根建設の精神が次の100年も続いていくよう、全力を尽くす覚悟です。インタビューを終えて今回は、海老根建設株式会社の柳瀬社長にお話を聞かせていただきました。経営者として、人として、様々な面から柳瀬社長を知ることができたように感じます。「建設業の女性社長」という昔では珍しい立場でいらっしゃる柳瀬社長の経験や考え方は、自分が逆境に立たされたり、苦労を強いられたりするときの考え方として勉強になったと思います。また、経営者としての、仲間を大切にする気持ちや社会への貢献意識といった部分は、将来の自分にも通ずるところがあると思うので、自分もしっかりと考えて生きていきたいと考えました。
株式会社 Plus One
【お店紹介】 鹿嶋に“非日常”を。都内で人気の「Espresso D Works」が鹿嶋に上陸 コロナ禍でのオープン秘話と、全員で支え合う“助け合い”の日常
茨城県鹿嶋市のスタイリッシュなベーカリーカフェ「Espresso D Works(エスプレッソ ディー ワークス)」。都内で圧倒的な人気を誇るブランドのフランチャイズ1号店として知られるこの店には、オープンまでの知られざる苦労と、社長が守り抜きたかった「ある想い」がありました。学生ライターの鈴木が、株式会社Plus One社長の久保氏にインタビューをさせていただきました。10年来の片思い。一週間で決めた「運命の物件」鈴木:まずは、この場所に「Espresso D Works(以下、EDW)」をオープンさせた経緯から教えてください。久保氏:実はあそこの場所は、10年以上前から「いつかここで何かやりたい」と狙っていた場所だったんです。スタッフにもずっと言い続けていました。そうしたら2020年の年明けに、偶然空きが出ました。いろいろな人から「あそこ空いたよ!」と電話がかかってきて、もう一週間で契約を決めました。鈴木:10年越しの想いが形になったんですね。でも、最初からEDWをやると決めていたわけではないとか?久保氏:そうなんです。物件は押さえたものの、何をやるか決まっていなかったです(笑)。ただ、都内のEDWには客として何度も通っていて、「こんなカフェが鹿嶋にあったらいいな」という憧れはありました。そんな時、共通の知人の縁で本部の社長さんと繋がったんです。鈴木:当時、EDWはフランチャイズ展開をしていませんでしたよね。久保氏:はい。「プロデュースしてほしい」とお願いしに行ったら、「やっていないんです」と断られまして。でも、話しているうちに「それならEDWのフランチャイズになっちゃいますね」という話になり、なんと1号店としてやらせていただけることになりました。まさに運命的な巡り合わせでした。コロナ禍の決断と覚悟鈴木:順風満帆に見えますが、オープン直前はまさにコロナ禍の真っ只中でした。久保氏:2020年4月、緊急事態宣言が出て、うちの全店舗を休業にしました。給料は100%保証して全員休ませましたが、毎月数百万円単位でお金が消えていく。そんな中でEDWへの莫大な投資を判断しなければなりませんでした。鈴木:冷静に考えれば、撤退という選択肢もあったはずです。久保氏:悩みました。でも、当時閉めることが決まっていた別店舗のスタッフたちの顔が浮かんだんです。EDWをやらないとなれば、スタッフたちの働く場所がなくなってしまう。「人を大事にする」と言い続けてきたのに、ここでスタッフたちを路頭に迷わせたら、自分の中の大事な何かを失ってしまう気がしたんです。「もし失敗しても、俺が自己破産すればいいだけだ。死ぬわけじゃない」 、そう腹をくくって、ゴールデンウィーク明けに「やります」と返事をしました。最後は、みんなで一緒に進んでから倒れよう、という一発勝負でしたね 。鹿嶋に「都内」という非日常を鈴木:そうした覚悟を経て2021年1月にオープン。EDWのコンセプトを教えてください。久保氏:コンセプトは「美味しい料理とドリンクを提供するハイクオリティなカフェ」です。一番の強みは、都内のおしゃれな空間とクオリティがそのまま鹿嶋にあるということ。パンも一から手作りしています。鈴木: お客様からはどんな反響がありますか?久保氏: 「鹿嶋っぽくない」「都内に来たみたい」と言っていただけるのが一番嬉しいですね。大学生の子が土日に「ちょっといい時間を過ごしたい」と来てくれたり、非日常を楽しんでもらえる場所。気持ちが上がる空間を提供できている自負はあります。「お大事に」が飛び交う、優しさが循環する職場鈴木:働く環境についても伺いたいのですが、EDWにはどんなカルチャーがありますか?久保氏:今は組織の土台を作り直している過渡期ではありますが、根底にあるのは「助け合い」です。うちは女性やママさんも多いので、お子さんの急な熱などで休みが必要になることは日常茶飯事です。鈴木:飲食店だと、急な休みは肩身が狭いイメージもありますが...。久保氏:うちは違います。社内SNSで「代わりに出るよ!」「お大事にね」という言葉が自然に飛び交います。二週間誰も休まないなんてことはほぼないですから(笑)。お互い様というスタンスが浸透しているのは自慢ですね。鈴木:それは安心ですね!未経験からでも挑戦できるのでしょうか?久保氏:もちろんです!むしろ今のスタッフも未経験ばかりでした。オンライン研修や店長会議への参加などの、本部の手厚い教育プログラムが整っているので、働きながら自然とスキルアップできます 。求めるのは、スキルよりも「楽しくしようとする心」鈴木:最後に、これから一緒に働く未来の仲間へメッセージをお願いします。久保氏:「明るく前向き」...。言葉にすると無難ですが、これが一番大切です。仕事が楽しいかどうかは、環境が3割、自分が7割だと思っています。「楽しい場所に行きたい」というよりは、「自分で楽しくしよう」と思える方と一緒に働きたいですね。鈴木:少し「ハードルが高い」と感じている求職者の方もいるようですが。久保氏:全然そんなことないですよ!「おしゃれなカフェで働いてみたい」「誰かを笑顔にするのが好き」という純粋な憧れで十分です。気軽に応募して、まずは一度お話しできれば嬉しいです。インタビューを終えてインタビューを通じて感じたのは、久保社長の「場」と「人」に対する異常なまでの誠実さです。「イバキャリ」としても、こうした想いのある企業を一人でも多くの若者に届けていきたいと強く思いました。
株式会社キャリコ
イバキャリへの想い――群馬での原体験から、茨城、そして北関東の未来へ――
序章:群馬県での原体験私が「地方の企業の魅力をもっと若者に伝えたい」と強く感じたきっかけは、群馬県が主催し、私の会社キャリコが企画運営を担当した「ぐんま就活バスツアー」でした。ツアーで訪れたのは、県内でも有数の精密部品製造メーカー。正直に言えば、企画に関わるまで私はその会社の名前すら知りませんでした。工場に足を踏み入れた瞬間、現場の熱気に圧倒されました。機械音が響き、作業員の方々が真剣な眼差しで製品を組み立てている。そこで出会った工場のおじさんが、まるで少年のような瞳で自社の製品について語ってくれたのです。 私には、その情熱がとてもかっこよく映りました。しかし、ツアーに参加していた大学生たちの反応は違いました。製品の専門的な説明は難しすぎて、何がすごいのか理解できない。彼らには、ただ暑苦しいおじさんが話しているように見えてしまったのかもしれません。さらに衝撃だったのは、参加者の多くが「こんな大きな会社が地元にあることを知らなかった」と言っていたことです。これが現実なのだと、胸がざわつきました。気づき:伝わらない企業の魅力このとき、私は気づきました。日本では「働く」ということと「教育」があまりにも分断されている。多くの学生は大学3年生になってから急に就職活動を始め、「とりあえず内定を取れればいい」というスタンスになってしまう。そこに主体性はなく、仕事に対してネガティブな印象を持っている人も少なくありません。また、企業側にも課題があります。製品そのものは世界的に通用する技術を持っているのに、その価値を若者に伝える「翻訳」ができていない。説明が専門的すぎて、日常生活との接点やストーリーが見えない。Z世代はストーリーテリングに慣れています。だからこそ、「なぜその製品が存在するのか」「誰のどんな課題を解決しているのか」という物語を語る必要がある。写真や映像の活用不足、プレゼン力の弱さも目立ちました。現場の雰囲気や社員の笑顔、製品が使われている場面をもっと見せるだけで、印象はガラリと変わります。イバキャリ構想の誕生群馬での経験を通じて、この課題は群馬だけでなく、私の地元・茨城県にも共通していると確信しました。特に茨城の製造業には、精密部品や最先端の技術を持つ企業が数多く存在します。しかし、その多くは若者に知られていません。さらに、茨城は東京に近いという地理的メリットがある反面、その近さが若者の流出を加速させています。「東京でホワイトカラーの仕事をした方がかっこいい」という価値観が根強く、地元で働くことは泥臭く見られがちです。でも私は思うのです。 東京の華やかな仕事も、実は地方の製造や物流などの基盤があって初めて成り立っています。地方の一次産業・二次産業がなければ、首都圏の経済は回りません。そこで生まれたのが「イバキャリ」です。 企業の魅力を若者に“翻訳”して伝える仕組み。企業説明資料を若者目線で編集し直す。現場で働く人のストーリーを掘り起こす。そして、中高生や大学生が「働くって面白そうだ」と思えるきっかけを作る。茨城と北関東の可能性北関東三県(茨城・栃木・群馬)の人口は約670万人。これは北海道や福岡県を大きく上回る規模です。マーケットとしては決して小さくありません。 特に茨城県は、つくば市をはじめ研究・教育機関が集積し、人口が増加している地域もあります。つくば市では新たに小学校が増設されるほど、若い世代が流入しています。また、北関東は東京からのアクセスが良く、IT化やDXの導入によって、これまで首都圏でしかできなかったような仕事も可能になりつつあります。製造業においてもIoTやAIを活用したスマートファクトリー化が進み、現場の働き方は大きく変わろうとしています。企業と若者をつなぐ翻訳者としてイバキャリが目指すのは、単なる求人サイトではありません。 私たちは、企業と若者の間に立つ“翻訳者”です。社長が語る熱い理念や、現場で働く社員の誇りを、若者にも届く言葉に変える。時にはくすっと笑える小ネタを交えながら、企業のストーリーを描く。それが、採用力の向上だけでなく、地域の魅力を高めることにもつながります。精密部品製造業のように、一見すると地味に見える仕事でも、その先には自動車・医療機器・宇宙産業など、世界を支える大きな役割があります。そこに誇りを持てる人材を増やすことこそ、地方創生のカギだと考えています。未来に向けたビジョン私はもっと、中高生のうちから「地元にも面白い仕事がたくさんある」と知ってもらいたいと思っています。社会に出る前から多様な選択肢に触れ、自分の興味や価値観を育む。そうすれば、就職活動が「とりあえず内定を取るためのレース」ではなく、自分らしいキャリアを選ぶ機会になるはずです。同時に、企業も採用・広報を内製化だけに頼るのではなく、アウトソースを活用しながら現場の生産性を高める時代です。RPO(採用代行)を含め、地域の採用力を底上げする仕組みを整えることで、北関東全体の魅力を引き上げたいと考えています。茨城でも、群馬でも、そして北関東全体でも。 光る企業は必ずあります。その魅力を見つけ、言葉にし、映像にし、若者に届ける。イバキャリはそのために生まれました。 そしてこの活動は、地域に根付く企業を元気にし、そこで働く人々の誇りを取り戻すことにつながると信じています。
株式会社キャリコ
【社長インタビュー】 株式会社キャリコ小圷(こあくつ)社長が語る -ここまでの軌跡とこれからの展望-
インタビュー当日(2025年8月1日)から6期目を迎える株式会社キャリコの小圷社長にインタビューを実施しました!(イバキャリに懸ける大学生!天心がインタビューをしました!)小圷社長の熱い想いや見据えている未来などを語っていただきました。この記事を通して、株式会社キャリコや小圷社長の魅力をたくさんの方々に伝えることができますと幸いです。——本日はよろしくお願いいたします!小圷社長の経歴も含めて、自己紹介をお願いします。茨城県出身で、高校までは茨城県にいました。水戸市の高校を卒業後、一浪してたんですけど、受験失敗をしてしまったので、高崎経済大学というところに行きました(笑)。そこで出会った起業家の人たちに感銘を受けて、自分の人生に起業するという選択肢が生まれました。それで大学3年生のときに、「飲み会で就活」みたいな企画を群馬県でやったところ、意外とウケて、群馬県のとある会社の経営者の方に群馬県でのチャレンジを進められて、東京の大手企業から内定をもらっていたのですが、その群馬県の会社の方に入社しました。群馬県の方がより人生チャレンジングになるなと思って(笑)。そこから、その会社で人材事業を3年半ほど続けて、ある程度黒字になってきたときに、自分で決裁権を持ってやっていきたいなということで独立して、株式会社キャリコを創業しました。——小圷社長の人柄についてもお聞きしたいです。例えば、学生時代のお話などはいかがですか。そうですね。中学生の頃は水戸ホーリーホックのジュニアユースに入っていて、高校もスポーツ推薦で110人くらいの部員がいる高校に入学して、サッカーに熱中していました。キーパーというポジションで、高校2年生の頃から試合に出ていたのですが、メンタルの強さだったり、先輩との付き合い方みたいなところはサッカーを通して学べたのかなと思っています。大学に入ってからはサッカーはやめて、社会に出ていこうと思って、いろいろな飲み会や地域の活動に出て、たくさんの大人に出会っていました。群馬県の大人たちに世界の広さみたいなものを教えていただいたと思っています。そんな感じで、大学時代はけっこうチャレンジングにというか、知らないことを知ることが楽しくて、動きまくっていました。——次に株式会社キャリコの紹介に移りたいのですが、事業内容などを簡単に説明していただけると嬉しいです。僕らとしては「きっかけをデザインする」という言葉をミッションとして掲げて、新しい価値を地域に作っていくということを目的にしています。具体的には、まず人材教育部という部門があって、就職・転職の機会(きっかけ)提供や学生へのアントレプレナーシップ教育といったような新しいチャレンジへのきっかけ作りなどをさせていただいております。最近では、「地方に良い会社っていっぱいあるのに、上手く魅力を伝えることができていない」ということで、企業のリブランディングみたいなところのお手伝いもしています。ということで始めた新規事業がこの「イバキャリ」ですね。僕らは、東京というよりかは地方、とくに北関東のキャリアの機会を増やしていきたいなと思っています。また、地方のエンジニア職の方たちも、キャリアを描いていけるような場づくりも行っています。イバキャリに関しても、そういった僕らが育ててきたエンジニアの得意を詰め込んで作ったようなイメージです。——創業から5期やってきたと思うのですが、創業からここまでを小圷社長はどう振り返りますか。まず、「感謝」ですね。シンプルに運が良いなって思います。いろいろ動き回っているからこそつかんでいる縁がいっぱいあるなって思います。茨城に関しても、すぐは仕事にならなかったけれど、そのような縁でいろいろな仕事や人と出会うことができました。でも、たくさんの失敗もしてきたと思います。今後もどうなるかわからないけど、いろいろ失敗してチャレンジして、少しずつ完成形に近づいていければ良いなと思っています。この、イバキャリに関しても、最初から構想ができていたわけではなくて、失敗しながら少しずつできていると思います。——ここまでは、仕事の面でのキャリコをお聞きしましたが、次は組織としてのキャリコをお聞きしたいです。キャリコってどんな組織ですか。みんな気持ちの良い人たちだと思っています。経歴とかも高卒、大卒いろいろいるんですけど、そういうのに関係なく、成長欲がある人が上に上がっている感じはします。現在、ポストがたくさんあるわけではないので、どんどんポストを作りながら会社を大きくしていければと思っています。採用的な話をするのであれば、若くてチャレンジしたい、かつキャリコのミッションに共感してくれる人がいれば、ぜひ一緒に働けたらと思っています。——続いては、小圷社長が経営者として大切にされていることがあればお聞きしたいです。座右の銘的なイメージだと、「コツコツやろう」とは思っています。派手にいかない。おそらく、僕らの今の売上の規模であれば、もっと投資しても良いし、もっとやるべきなんですけど、めっちゃビビりなんで(笑)、コツコツやっています。その結果、5期やっても安定しているのかなと思います。学生時代も、キーパーで派手なプレイというよりは、堅実なプレイをしていたと思います。——これまでで何か直面した壁などってありますか。僕らがやっている人材事業って人に依存するところがあって、いろいろな要望や話が都度あります。それがけっこう大変だったなとは思っています。ただ、一旦聞くという姿勢をもって、お互いの落としどころみたいなところを見つけて進むって言うのは、今までもこれからも変わらないことだと思います。僕自身もそういったことは嫌いではないですしね。——いろいろ動いてきたというお話があったと思いますが、小圷社長や会社の成長の実感はあったりしますか。ありますね。僕ができないことを他のメンバーができるっていう状態になってきています。それはある種、依存してしまっているので良くないっていう部分もあるんですけど、みんながそれぞれ成長しているのはすごく良いなと思っています。また、規模が大きくなってきて、自社開発などの投資や大規模な案件を回すことができるようになったのはすごく大きいことだと思います。ここもコツコツと重なるかもしれないのですが、ジャンプはしていないけど、背伸びはしているみたいな状態で成長していると思います。——今後の将来に向けて、「会社」としてと「経営者」としての2点で展望をお聞きしたいです。正直、これを目指すというのはないです。「きっかけデザイン」という言葉は、けっこう時間をかけて考えたもので、そういった想いは当時から全く変わっていないです。それをやり続けるだけだと思います。強いて言うのであれば、スピード感みたいなところの話かなとは思います。社長としても、将来どういった自分になりたいかは変わっていません。時間やお金を持っても持たなくてもあまり変わらなくて、「若い子たちのチャレンジを応援する」ということだと思います。要するに、頭ごなしに否定するのではなく、「若々しい人」「若い感覚をもった人」でいれたら良いなと思っています。今のはかっこいいんじゃないか?(笑)——文字起こしされていれば良いですね(笑)。では、お時間も来てしまっているので、最後に「イバキャリ」に対する想いであったりを改めてお話ししていただきたいです。イバキャリはすごく可能性があると思っています。いろいろな会社にお邪魔したときも、すごい技術をもっていて、そこに熱量をもっているかっこいいおじさんがいるわけですね。でも、その魅力やすごさっていうところを若い人たちに上手く伝えられていないと思っています。そういったところを、イバキャリの掲載を通して、若い子たちに刺さる内容にしていくことってすごく価値があることだと思います。おこがましい話だとは思いますが、僕らはイバキャリを通して、たくさんの会社を、令和の時代の伝え方みたいなものに、”リ”ブランディングしていければと思っています。インタビューを終えて今回は、この「イバキャリ」を運営する株式会社キャリコの小圷社長のインタビューを実施いたしました。キャリコに関しても、小圷社長に関しても、変わらぬ想いというかビジョン・ミッションがあるということに、感銘を受けました。VUCAの時代と言われるくらい、現代は変化の激しい時代です。たしかに「時代に合わせて変えていく」ことは、持続可能な会社を作っていくうえで重要だと思います。しかし、それ以上に、どんなに時代や環境が変わっても「確固たるもの・変わらないものをもつ」ということは重要であり、かっこいいものだと感じました。
株式会社キャリコ
【イバキャリ学生ライター紹介① 鈴木天心】 ”茨城を盛り上げたい”——イバキャリに懸ける現役慶應大生
初めまして!イバキャリの学生ライターを務めさせていただきます。鈴木天心と申します!企業様の魅力を最大限伝えることができるように精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!自己紹介改めまして、鈴木天心と申します。まず、天心という名前についてですが、あの某格闘家の方との関連は一切なく(笑)、両親が「大空(天)の中心にいるような人になってほしい」という想いを込めて、名付けてくれました。出会った方々の9割ほどは名前で呼んでくださります(鈴木という名字がありきたりだからなのもあるが...)。名付けの想いやそういった点を含めて、私は自分の名前が大好きです。茨城県の美浦村というところの出身で、高校まで茨城県にいました。現在は、慶應義塾大学の総合政策学部、いわゆるSFCというところに在籍しており、「組織」「人材」などの、経営学の中の組織分野の勉強をしています。組織というのは、たくさんの正解があったり、単純に個々人の力を足し合わせたもの以上の力を発揮することができるという点でかなり興味深いと考えています。趣味は野球観戦と読書です。野球観戦に関しては、私自身が幼稚園のときから高校生のときまで野球をやっていたため、自然と野球観戦におもしろさを感じていました。私は野球観戦といっても、大学野球の観戦がとくに好きです。読書に関しては、子どものころから本を読むことは好きでした。大学生になって、自由な時間が増えたことで以前よりもかなり本を読む頻度が増えたように感じています。ビジネス書や小説など、幅広く読みますが、最近読んで印象に残った本は、アダム・グラントさんの「ORIGINALS」という本と高橋伸夫さんの「組織の思想史」という本です。「ORIGINALS」は、どんな人間でもオリジナルな人間になることができる。むしろふつうな人間にこそ、オリジナリティが眠っているということを書いています。「組織の思想史」は、意外と珍しいアカデミックな組織論の本です。ぜひ、興味があればお手に取っていただければと思います。キャリコに入社したきっかけ私は、幼い頃から地元で会社を経営する父の背中を見て育ちました。父から教わった経営者マインドのようなものは、私に「経営者になりたい」という思いを植え付けたと思っています。結果的に父の影響もあり、私の将来の夢は「日本一の経営者」になりました。そういった父への憧れもあり、大学1年生のときに、「茨城県の企業と若者がつながれる機会を作りたい」という考えから、高校生にインターンシップの機会を提供する事業で起業しました。しかし、その事業はあまり上手くいきませんでした。今後どうしようと考えていたときに相談に乗ってくださっていたのが、父やその経営者仲間などの茨城県の経営者の方々でした。「茨城県の経営者(企業)を助けられるサービスを作りたい」という想いが強くなっていたときに、インターンのお誘いをくださったのが、キャリコの小圷社長でした。小圷社長は起業していたときに知り合い、その後も何度か事業の壁打ちなどの相談に乗ってくださっていました。そんな社長に誘っていただくのは何かの縁だと思い、株式会社キャリコにインターン生として入社させていただきました。キャリコの方々は、すごく優しくて、自分にかなりの成長機会を与えてくださります。私もその期待に応えようと、がむしゃらに頑張っています。とくに、この「イバキャリ」に関しても、小圷社長にやってみたいと言ったところ、一瞬でOKをくださったのがとても印象に残っています。イバキャリを進めていくにあたっても、私がやりたいと言ったことは否定せずに一緒に考えてくださり、サービスリリースまで行ってくださいました。そんなキャリコで日々成長を目指して、精進しています。イバキャリに対する想いイバキャリに対する想いという点では、人一倍熱い想いをもっていると自負しています。私は、このイバキャリを通して、地元の茨城県企業の人材不足問題を解決したいと思っていますし、解決できるとも考えています。イバキャリは「企業の魅力を発信し、企業と求職者を共感でつなぐ」という考えのもと、進めています。茨城県の企業は、まだ「自社の魅力を発見、言語化して発信する」ことがリソースなどの面からできていないと考えています。しかし、茨城県の企業は魅力あふれる企業様ばかりで、そんな企業様の魅力を発信していかないのはもったいないと私は思っています。将来的にも、「人材不足倒産」のような人材不足によって会社をたたんでしまったり、会社を売却してしまったりという現象が起きかねないと私たちは予想しています。なので、このイバキャリを通して、企業の魅力・情報発信の場や発信のサポートを提供していければと思っています。おそらく、茨城県の多くの企業が「人材」に対する課題を抱えていると思います。その課題を「イバキャリ」で解決し、茨城県全体の発展に貢献できるように頑張っていきたいと考えています。学生ライターを通して今後、学生ライターとして、様々な魅力あふれる企業様のインタビュー・執筆を行っていくと思います。やはり、その中で最も大切なことは、「企業様の魅力を最大限発信すること」「企業様が気づいていないような魅力を引き出すこと」だと考えています。企業様が考える「主観的」な魅力と私が見つけ出していく「客観的」な魅力の両方を、求職者の方々に伝わるように精一杯頑張っていきたいと考えています。また、私個人としましては父の影響もあってなのか、経営者の方々の考え方、いわゆる「経営者マインド」というものが大好きで、すごく人生において大切な考え方をしていると思っています。インタビューをするにあたって、様々な経営者の方々とお話をする機会があると思います。そこでは、様々な経営者マインドを学ぶことができると思っており、それは私個人だけにとどめておくのにはもったいないと考えています。なので、そういった経営者の方々の考え方も、私が執筆する記事では大いに発信していくことができればと考えています。終わりにどこまでも言いますが、イバキャリは絶対に茨城県企業の成長に寄与できると思っています。イバキャリを通して、私も含めたたくさんの人々が笑顔になることができるよう、日々精進していきます。長々とした稚拙な文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。